
この間、ガンでしばらく闘病していた親戚に会い、「タヒボ茶」を進めました。
手術は成功し経過は順調。とは言え、やはり抗がん剤の類のクスリは未だ投与されており
副作用の苦しさで「気丈なふるまいと態度の陰で」心細い思いをしていたようです。
その方はかなりの目上の方ですが「自分のことを思い、励ましてくれたことが何よりうれしい」
という内容の心のこもったメールをくださいました。
こういう「素直で善良な方」が苦しむのを見るのはとても心が痛みます。
そしてこの間私が左胸にしこりが出来てすっかり無くなった話をしたら
「心配だから一度ガン検診を受けてください」
と言われました。このご夫婦を安心させるために一度ガン検診にいかなきゃなーと思う次第ですが
もし「ガン」と宣告された場合は、私は治療は受けず自宅療養しようと決めてます。
家族も心配しそうなのでその時は結果は伏せておきたいのですが、
「嘘」は罪だから聞かれたらなんて言おうか悩んでます。
私の父は胃がんで確か50代いくかいかないかで他界しました。
病院で検査を受けたときにはすでに「末期で余命半年」宣告をされたそうです。
その時は父は単身赴任で新潟に住んでおり祖母は高齢で
私たち兄妹も二十歳そこそこでした。
なので、父は担当医に検査結果を正直に話してくれと説得し、自分の余命を聞き
入院中しょっちゅう病院を抜け出しては「自分の葬式の手配」をし、
「自分が死んだ後の会社の手続き」や「相続の手続き」それらを全て自力で終わらせていました。
そんななか、私たちの所に帰ってきて2週間ほど滞在し、また新潟に戻っていきましたが
私の父に会った人は皆「あの人があと半年で亡くなるなんて信じられない」というほど
顔色もよく、行動もハツラツ、テキパキとしていました。
抗がん剤治療が本格的に始まり、一応開腹手術もしたころから一気に下り坂になり
結局宣告を受けてから1年半くらいで死にました。
その闘病生活の中で手のひら半分ほどの小さな小さな手帳に日記をつけていたようなのですが
その日記を読み進めると「どんどん字が大きくなり、ひらがなになり、字が汚くなり」
日記の最後は4文字ほど書いてありました。すでに読めない字でした。
そんな父の様子を目の当たりにし、父はもしかしたら「抗がん剤治療」や「手術」を受けずに
そのまま生きていればもっと長生きしたのでは?という思いにかられました。
なので、その頃から「私はもしガンになっても治療は受けず入院もせず自宅で好きなことして余生を過ごす」と決めていたのでその通りにさせてもらいたいと思ってます。
もちろんこれは「もしも」の時の私の選択なので、みなさんの「もしも」の時は
みなさん「自分で選択、決定をし悔いの無いように生きてください。」
ただ、参考までにここにこんな記事があります。
→RAPT×読者対談<第114弾>癌という病気は存在しない。(前編)
→RAPT×読者対談<第115弾>癌という病気は存在しない。(後編)
この記事に私がたどり着いたのは私が「癌治療は受けないで生きる」と決断した時のずっと後でしたがこの記事を読んで私はますますその考えを固くしたのは言うまでもありません。
ここ1~2年、私の身辺で「私も癌」「オレもがん」という人が急に増えてます。その「がん」でなくなった人も何人かいます。「ご自分の命」がかかっているので、がん治療はするなとか、逆に、がん治療は受けるべきなどという意見は私はのべません。ですがこの記事を読んで参考にして選択、決断をし「ご自分の生」を悔いの残らないよう全うしていただければと思います。